一膳せんべい

「ひとつぶ300メートル」とは懐かしいキャラメルのキャッチフレーズ。

一粒に300メートル走れるだけの栄養価がありますよとの意味だった。

昭和のおやつは力強い。

浅草すしや通りにも凄い大正のおやつがあった。

「一枚で一膳」。

朝ごはん代わりにもなりそうなお煎餅であります。

大正3年(1914年)創業の「入山せんべい」。

店先から奥に向かって長く伸びた囲炉裏の前で

職人さんが一枚一枚丁寧に炭火で焼き上げる

正真正銘の手焼き煎餅の老舗です。

「入山せんべい」の店先ではまったく迷う心配がありません。

売られているのはがっつり固焼きの醤油煎餅一種類のみ。

海苔つきだの、胡麻入りだの、オプションは一切なし。

江戸のおやつは潔い。

分厚くて表面も凸凹した素朴なお煎餅は一枚120円。

庶民のおやつとしてはなかなか立派なお値段ですが、

ばりっ。

一口かじれば、その半端ない歯ごたえと食べごたえに圧倒されます。

お米の旨みがギュッと圧縮された確かな食感、豊かな味わい、

いい感じに焦げた醤油の香りが香ばしく、炭火のアロマが余韻を残す。

これは、キング・オブ・煎餅。

雑誌めくりながらいい加減にかじれる代物ではない。

正面から向き合わないと、うっかりすると差し歯が負けそうだ。

歯の弱い御仁は気をつけられたい。

しかし、美味い。

昔ながらの製法を今も守り続ける「入山せんべい」。

藁の上で3日間天日干ししたお米の生地を紀州産の備長炭で焼きあげ、

江戸好みの生醤油で味つけされた男前せんべいだ。

その1枚には何とお茶碗1杯分のお米が使われているといいます。

事前情報は把握していたが、店先のおばちゃんに

「これ1枚でごはんどれくらい分ですか?」と尋ねてみると、

「一膳分!」と素早いレスポンス。

同じような質問をするお客が多いのでしょう。

一膳せんべい。

朝寝坊した時もこの煎餅一枚くわえていけば朝飯代わりになるかも?

皐月の江戸ぶらり散歩の戦利品として

10枚入り1300円なりを購入してきましたが、

色々調べていくと、ごく小さな藁の繊維が裏に残ってる場合がまれにあるとか。

機械乾燥ではなく、

ちゃんとお天道様の下で天日干しされた動かぬ物証であります。

残り少なくなった「入山せんべい」の鑑定をしてみましたが、

我が家にやってきたお煎餅たちからは物証は発見できませんでした。

筵の跡を残したお煎餅って、

枕の跡がなかなか取れないお年頃の私、甚だ親近感を覚える(笑)。

連休の夕方に訪れた時には既に手焼きの作業はおしまい、

いなせな職人さんの姿はありませんでしたが、

昔ながらの店内の隅に「入山せんべい」と名前が入った

大きな藍色の甕がいくつも置かれていました。

しっかりと金属製の蓋が閉まるようになっています。

「あのう、この甕は何に使うんですか?」とお店のおばちゃんに聞いてみる。

「これ?焼いたお煎餅、いったん乾燥させるため」。

「へ~、どれくらい入れておくんですか?何時間くらい?」

「さあ~、焼いたら入れて焼いたら入れて、だからねぇ、何時間って、さあ」

ああ、夕方の店先でくどくど質問しちゃって、ごめんなさい。

まあ、とにかく、食べ頃のお煎餅がスタンバイする甕のようです。

一膳せんべい。

がっつりかじった実感と

がっつり一膳分のお米の力がもらえる。

くどくど詮索するよりも

ばりりとまずかじるべし。

(写真は)

職人さんが座る囲炉裏の向こうに見えるのが

謎の藍色の甕。

まあ、何にしても風情があります。

年季の入った招き猫が絵になる。

一膳せんべい、一枚300メートル以上は走れそうだ。