登りませんか
一昔前なら「よろしかったらお茶でも?」
今なら「ねーねー、カラオケ行かない?」
いわゆるナンパの常套文句は
こう書いていても何だか安っぽくて嘘っぽいものですが、
この台詞はいかがだろうか。
「ご一緒に登りませんか?」。
日中のフィットネスクラブのフロアは
熱帯植物園のようなさんざめきに満ちています。
体をより美しく整えようと通ってくる女性たちが奏でるお喋りのコンチェルトは
南国の色鮮やかな鳥たちが交わす華やかなさえずりにも似ています。
そんな賑やかなお喋りの中から突然聞こえてきた「ナンパ」の三文字。
「大変よ~、朝からナンパされちゃった~」。
家のまわりの雪も解けたので、その奥さま、朝の散歩を復活、
原生林が残る広い公園の中を気持ちよくウォーキングしていたら、
一人の老齢の男性とすれ違った。
「おはようございます」「ようやく雪が解けてきましたね~」なんて
軽い朝のご挨拶などをかわしたのでしょう。
どうやらその男性は公園から続く小さな山への登山口に向かうらしい。
春とはいえ登山口はまだまだたっぷり雪が残っている。
奥さまはちょっと驚き、
「まあ、もう○○山、登るんですか!」とか驚嘆したのでしょう。
するとくだんの男性がこうのたもうたのです。
「ご一緒に、登りませんか?」
朝の原生林、何と清々しい「ナンパ」でありましょうか。
昭和の喫茶店でも、平成のカラオケでもなく、
そうか、朝の登山というシチュエーションもあったか。
男と女と、ちょっとしたきっかけがあれば、「ナンパ」は起こりうるのだ。
「え~!、で、どうしたの~?」
朝のナンパ劇にお喋りは盛り上がる。
「行けるわけないじゃない、雪こんもりよ~、
その人なんて登山靴にアイゼンつけてるんだから~」
「そうよね~、ムリよね~、足元ぐちゃぐちゃよね~、あっはっは~」
恐らくアイゼン氏も本気でご婦人を登山にお誘いしたわけではなく、
軽い世間話、社交辞令、挨拶かわりに
「ご一緒に登りませんか」とのたもうたのが真相でしょう。
誘われた奥さまだって、わかっている。
それを「朝からナンパ、されちゃった~」と
軽やかなネタにしたてるオンナの社交術、お喋り能力が素晴らしい。
毎日を新鮮に生きるには
一日一回「あっはっは~」と誰かと楽しく笑い転げればいいんだ。
お金も時間もさほどかからない。
朝の原始林。
軽い登山装備にアイゼンをつけ、颯爽と春の登山口に消えた男性も、
お散歩中のどこかの奥さんと交わした軽いお喋りの余韻を思い出し、
ちょっと口元にんまりしながら一人残雪の登山道を踏み出したような気もします。
ほんの少しのお喋りでも、十分楽しい。
女は体験を誰かに喋りたくなり、
男は体験の余韻を楽しむ、というところでしょうか。
ほんの一言、二言の会話が心に活気を与えてくれる。
お喋りって、大切だ。
朝のお散歩は
けっこうドラマティック。
何が起きるかわかりません。
うふふ。
(写真は)
ご近所の花壇で見つけた春いちばん♪
この小さな小さな花の芽が
1m以上の雪の重みにひと冬耐えたかと思うと
その健気さと強靭な生命力に
よしよし・・・と黄色い頭をそっと撫でてあげたくなる。
桜前線は仙台に到着したらしい。
少しずつ少しずつ、桜色が近づいてきた。

