ばーばりとランドセル

ぴかぴかのランドセルが校門をくぐる朝。

きょうは札幌市内の小学校で入学式。

お天気には恵まれましたが、コートなしでは寒すぎる春の冷え込み、

「ばーばり」とランドセルの思い出がよみがえります。

桜満開の本州と違って

北海道の入学式はなごり雪さえ残る肌寒い春。

「ばーばり着ないと寒いからね」。

半世紀近い昔、小学校の入学式の朝もきっと母は私にそう言ったはず。

校門の前で父と母と三人で写真に収まった赤いランドセル姿の私は

細かな花柄のスプリングコートをしっかり着こんでいます。

母が徹夜仕事で仕立てた手作りの「ばーばり」。

春の冷たい風から身を守ってくれるスプリングコートのことを

母は「ばーばり」と呼んでいました。

イギリスの名門ブランド「バーバリー」が語源だと知ったのは

もう少し大きくなってから。

家で洋裁の仕事をする母の傍らで耳にしていた「ばーばり」は

ほこりくさい風といっしょにやってくる北国の春の訪れを教える言葉。

モコモコ分厚い冬のコートを脱いで、

するっと軽く羽織れる「ばーばり」の着心地は

子供心に春の喜びを実感させてくれたものでした。

春は「ばーばり」と一緒にやってくる。

入学式のワンピースだけではなく、その上のコートまで手作りするとは

わが母の縫製能力と親心に敬意を覚えますが、

誠に残念ながら、その裁縫方面のDNAはさっぱり受け継がれず、

いまだに洋服のリフォームを実家にアウトソーシングする親不孝娘。

まあ、人間、得手不得手があるものです。

仕立てる能力はありませんが、

良い仕立てがどうか見極める能力だけは鍛えられましたので、

洋服選びの目ヂカラだけはある(笑)

「せっかく、ばーばり買ったのに」。

その母が口惜しそうにこぼしていた情景をふと思い出しました。

もうひとつの「ばーばり」。

高度成長期の鉄の街。

室蘭の製鉄所から東京本社に出張することもしばしばだった時代、

春先の東京出張にでかける父のために

ある日、母が奮発して、本物のバーバリーコートを購入したのでした。

景気の良かった当時の室蘭の洋品店には

バーバリー社の紳士コートも品揃えされていたのですね。

普通のサラリーマン家庭には相当の「清水買い」だったはず。

ところが、大正生まれの父はその新品のバーバリーコートを見るなり、

「こんなもの、必要ない!今あるコートで十分だ、返してこい!」と

突っぱねたのでした。

まあ、私が当時の母だったら、即離婚、ですな。

今だったら、ありえない亭主関白発言。

しかし、時代は昭和の真っ只中。

「せっかく買ってきたのに・・・」とぶちぶちつぶやきながらも

母は泣く泣く、なじみのお店にコートを返品したのでした。

まあ、これも昭和の商店街だから返品可能だったのね~。

売る方も買う方も、融通がきいた時代。

実際に「ばーばり」をめぐる夫婦のやりとりを目撃したわけではなく、

母が何かにつけてくどくどと繰り返す「頑固親父エピソード」のひとつですが、

子供心に「ありえるな~、目に浮かぶな~」と妙に納得したものです(笑)

新品のコートが嬉しくないわけないのに、素直に喜べない屈折した男心。

オレに相談もなく、金もかかるだろうに、無理して買ってきて・・・。

嬉しい戸惑いを口にすれば良いものを、

「男の沽券」が邪魔をして素直に言葉にできない。

「ったく、めんどくさいな~、お父さんは」。

生意気なおかっぱ頭の娘に見透かされていたことを知ったら、

天国の父も苦笑いかもしれません。

四月は喜びの季節。

でも北国の春の風はまだ冷たい。

「ばーばり」には

誰かが誰かのことを寒くはないかと思いやる温かい響きがある。

私だけの大切な春の季語だ。

(写真は)

「ばーばり」など必要ない沖縄の春は「うりずん」。

一年でいちばん天候のよい季節ですが、

雪のない南の土地ならではのお商売を市場で発見。

「雨合羽店」。

濡れても風邪をひかない南国の春雨ですが、

できれば濡れたくないのが人情か。

「ばーばり」と「雨合羽」。

同じような温もりを感じる言葉だ。