飴色の幸せ

「あ、幸せ」と感じる匂いが三つあります。

挽きたて淹れたてのコーヒー、

小麦色に焼けたトースト、

そしてたまねぎを炒める甘い香り。

そこからふんわりした笑顔やリラックスしたお喋りが始まる気配がします。

そう、幸せの予感に満ちた匂い。

コーヒーやパンは最初から美味しい匂いがするけれど、特筆すべきはたまねぎ。

生を切ろうとすれば、鋭い刺激臭に目に涙をためる羽目になりますが、

じっくり優しく炒めてあげると、

実に劇的に食欲をそそる甘く美味しい匂いに変身。

飴色に炒めたたまねぎは100%の確率でとびきりの料理になる。

これはキッチンの鉄則であります。

先日、ご近所レストランののんびりランチで食べた「たまねぎのキッシュ」も

「飴色たまねぎ」が美味しい仕事をしていました。

再現意欲が高まりますが、キッシュのパイ皮まで作るのはちょっと面倒、

ってことで、キッシュのパイ皮なし=円型オムレツにモデルチェンジ、

冷蔵庫に残っていたのきのこたちも加わえて、

さあ、幸せな匂いに包まれる

「たまねぎのオムレット」を作りましょう。

まずはたまねぎを丸々2個分、薄切りにしてじっくりのんびり炒めます。

子育てと一緒で、あまりいじり過ぎるのは逆効果(笑)

ちょっと放っておくくらいがちょうどよろしい。

鍋肌にじりじり焦げ付きそうになる瞬間、

カラメルのような甘い匂いがふわっと立ちのぼる。

美味しい料理も子育ても「待つ力」が試されるのだなぁ。

小さく角切りにしたベーコンときのこを加えたら、具材の準備OK。

トルティーヤ(スペインオムレツ)専用と化した小さなフライパンの出番です。

長年使い込んで、ややゆがんだ縁すら愛おしい私の相棒。

たっぷりの溶いた卵に幸せ具材を混ぜて、

いつもの要領で、いつもよりちょっと時間をかけて両面じっくり焼き上げたら、

おおお~、見た目も香りも香ばしい「たまねぎのオムレット」、

「オムレット・ア・ラ・リヨネーズ」の完成。

フランスのリヨン地方はたまねぎの名産地、

飴色に炒めたたまねぎを使ったお料理は「リヨネーズ」の冠をつけて呼ばれます。

じゃがいもとたまねぎとベーコンの炒め物は「ポテト・リヨネーズ」、

たまねぎが主役のオムレツは「オムレット・ア・ラ・リヨネーズ」。

買い置きの材料で作った思いつきお料理も

立派なフランスの郷土料理の一皿なのであります。

お味は言うまでもありません。

美味しくないわけがない(笑)。

飴色たまねぎは決して裏切らない。

卵とベーコンとたまねぎときのこが奏でる四重奏は完璧。

そのまま食べても、パン・ド・カンパーニュに挟んだサンドイッチも絶品。

作り置きデリとしても実に優秀な一品です。

炒めたたまねぎの匂いをかぐと、思い出す光景があります。

働いていた母はどんなに忙しくても家族の夕食作りは欠かしませんでしたが、

ある日のこと、

小学校から帰ると、家中にたまねぎを炒めるいい匂いが漂っていました。

「きょうはカレー?シチュウ?」と台所に行くと、母の姿がありません。

ガスコンロの上にはたまねぎを炒める途中で火を消した鍋だけが

ぽつんとのっかっていました。

半分透き通ったたまねぎが所在なさげにぴかぴか光っている。

幸せになるはずなのに、途中で急ブレーキがかかったみたいな風景。

「お母さんは、どこ?」

幼心にやみくもに不安になったことを覚えています。

実際は家出でも、出奔でもなく(笑)

料理の途中で、買い物だか、急用だかを思い出した母が、火を止めて、

ほんの少し外出しただけだったのですが、

幸せになる途中で放り出された炒めたまねぎの光景だけは

妙に記憶のアルバムのはしっこに残っています。

料理の途中でフリーズした鍋、いるべき人がいない台所。

日常が突然、分断される喪失感。

たまねぎをちゃんと炒めて、ちゃんとオムレツに焼きあげて、

ちゃんと「いただきます」、ちゃんと「おいしいね」と会話し、

ちゃんと「ごちそうさま」が言える日常。

そんな毎日の暮らしこそ、宝物なんだと、

3月は、

その思いが強くなる。

(写真は)

思いつきの「オムレット・ア・ラ・リヨネーズ」。

卵を気前よくぱかぱか割っていくのも快感のお料理。

マスタードとマヨネーズを塗って

美味しいハードパンにはさんだサンドイッチは、

ほんと、おすすめ♪

春のブランチにいかが。