春の水

「あ、水の匂いがする」。

夜明けのベランダで空の機嫌を探っていた早朝出勤の夫が一言。

「どれどれ」と寝ぼけ眼で春の匂いを嗅いでみる。

本当だ。

春の、水の、匂いがする。

ここ数日の気温の上昇で北国も一気に春めいてきました。

まだまだ道路脇には

バームクーヘンのような断面を見せる雪の壁が残っていますが、

大きな道路はアスファルトの路面が顔を覗かせてきました。

太陽の力は偉大。

雪と寒さに閉じ込められていた時間が長いほど、

春を待つ嗅覚は敏感になるのか、

北国の人間は鼻で春をキャッチするのです。

街や人が動き出す前の早朝。

どっさり積もった雪がじんわり解けてあたりをしっとり包みこむ。

そんな朝の空気は、水の匂いがするのです。

無味無臭の水道水とはまったく違う。

雪の下に覆い隠されていた生命の息吹が溶け込んだ濃厚な水の匂い。

土や草木や花の芽たちの匂いがブレンドされた春の水は

どんな高級な香水よりもかぐわしい。

それは、まるで、Eau de printemps 。

オーデコロンやオードトワレの「オーデ」(Eau de)とは

フランス語で「水の」という意味。

オーデコロンは「ケルン(コローニュ)の水」、

オードトワレは「お化粧の水」などが起源とされ、

昔から香水のことは「○○の水」と呼ばれてきました。

桜前線を待ち焦がれる残雪の北国の匂いは「春の水」、

オーデプランタンと呼びたくなってしまいます。

雪解水(ゆきげみず)、雪代水(ゆきしろみず)、桃花水(とうかすい)。

この季節の雪どけ水のことに

昔の人々はこんな美しい名前をつけて春の喜びをかみしめていました。

桃の花の水が一気にあふれだすのですから

春の朝がかぐわしくなるはずです。

オーデプランタンを実感できるのは早朝の一瞬。

街が目覚め、人々や車が動き出し、気温も上がってくると

水の匂いははかなく消え、

土やほこりが主役のおなじみの春の匂いに変わっていきます。

もちろん土の匂いも大好きだけれど、

つかの間のオーデプランタンの匂いには

なぜか胸がきゅんと締めつけられる。

春の初めの早起きは三文以上の価値がある。

春はあけぼの。

清少納言さんも

この匂いに気づいていたに違いありません。

(写真は)

桜前線は昨日東京に到着、順調に北上中のようですが、

札幌の桜並木はまだまだバームクーヘンの雪の壁の中。

この冬の雪の歴史を物語る白黒の年輪。

日もすっかり昇った。

春の水の匂いから土の匂いに変わった。

桜香る北国の春爛漫まで、あとひと月・・・。