おだづなよ

「おだづなよ」。

宮城県内を走る車の後部に

こんな5文字のステッカーが貼られていたそうです。

昨日の北海道新聞夕刊コラムに書かれていました。

「おだづなよ」。

平易な平仮名5文字が教えてくれる温かな戒めでありましょうか。

先日、自分の誕生日に「おだつ」心理について触れましたが、

はしゃぐ人をたしなめる北海道弁の「おだつ」。

宮城では「おだづ」と濁るようですが、意味や使い方は同じで、

くだんのステッカーは甚大な被害を残した大震災の地震、津波に対しての

「負けないぞ」「われわれを甘く見るなよ」というメッセージが

込められているそうです。

方言研究の専門家によれば「おだつ」とは「おだてる」の自動詞的用法で、

岩手や島根の一部でも方言として残っているとか。

幸せな高揚感に浸って大事なことをつい見失ってしまう人間の弱さを

厳しい愛情をもってたしなめる味わい深い響き。

おだつんでない。

おだづなよ。

心の脇にいつも携えていたい言葉です。

全国の公示地価が発表され、

東京、大阪、名古屋の三大都市圏は6年ぶりに上昇、

アベノミクス効果か、東京五輪効果かと今朝の情報番組でも取り上げていました。

最も地価上昇率が高かった中央区勝どきに建設予定の超高層マンションは

選手村や五輪施設が一望できるとあって問い合わせが殺到とか。

そういえば安倍さんも3・11の会見の際、

「東京五輪に被災地の子供たちを招待する」と言っていました。

日本経済が前へ向かって進むのは歓迎すべきことなのだけど、

オリンピックを見学できた子供たちはきっとそれはそれで嬉しいと思うけれど、

ハレの東京から帰宅した我が家が「心休める場所」になっていることが

一番優先されることなんじゃないのかしらと

かすかな違和感をどうしても感じてしまう。

復興のために経済をダイナミックに推進し、吸い上げたエネルギーを

もっとも必要としている人々に、きめ細やかに行き渡らせる仕組みは

まだまだ十分とは思えない3年目の春。

昨日、高知では桜が開花。

桜前線が日本列島北上の旅のスタートを切りました。

関東では春一番の強い風が季節の到来を告げ、

札幌も3月下旬並の気温でざくざく雪解け道に難儀しながらも

春を待つ今日この頃。

ついつい心が浮かれる季節ではありますが、

「おだづなよ」。

今朝の天声人語が子守唄の哀調を大切にせよという、

宗教学者の山折哲男さんのこんな言葉に触れていました。

「世代を超えて共有されてきた『悲哀感』に触れずに育つと

他人の心の傷みが分からなくなる」。

そうか・・・。

「おだつ」とは、人の心の傷みをついつい忘れてしまう、

想像しなくなることなんだな。

ねんねんころりよ、おころりよ。

幼子を寝かしつける優しくも哀切な子守唄とともに

はしゃぎまわる子供たちを「ほれほれ、おだんつんでないの」と

じいちゃん、ばあちゃんたちはたしなめてくれた。

お前たちのすぐそばに心を痛めている人がいるかもしれない。

はしゃぐ前に手を差し伸べる人たちはいないかい。

おだづなよ。

未来に持っていきたい日本語のひとつです。

(写真は)

たとえば、おばぁが手作りおやつをこしらえる。

大人も子供もおだってしまう時間。

だからこそ、温かなおやつを頬張れる幸せに感謝なんだね。

沖縄の市場の粉もん屋さんの店先には

沖縄粉もんミックスが各種揃っています。

ちんぴんもサーターアンダギーもヒラヤーチーもよりどりみどり。

お土産に琉球粉もんもおすすめ♪