風をまとう

時間と手間と真心が作りあげた品物には

モノ以上の価値と魂が込められています。

本日2月1日(土)のAIR-G’「野宮的コフレ」のテーマは

「スペシャルメイドの魅力」。

NYソーホーのカスタムメイドの口紅ができるリップスティック・ラボや

杜の都が誇る「伊達ごのみ」な仙台箪笥、

そして南国の女性たちが守り続けてきた美しい布をご紹介しました。

沖縄本島北部の小さな村、

大宜味村喜如嘉地区に伝わる「喜如嘉の芭蕉布」です。

バナナの仲間の「糸芭蕉」の繊維から作られる「芭蕉布」は軽くて通気性が良く、

南国の暮らしには欠かせない夏衣として、盛んに織られていましたが、

戦後のライフスタイルの変化とともに一時は伝統が途絶えそうになっていました。

この美しい布を失うわけにはいかない。

村出身の一人の女性が復活を決意、

村の女性たちとの共同作業の末、見事に復活を遂げ、

その工芸技術は国の重要無形文化財にも指定されています。

昨年末のやんばるドライブの時に

生産拠点である大宜味村の「芭蕉布記念館」を訪れました。

赤瓦の民家が並ぶ集落の細い道を曲がり、急な坂道を登ると

亜熱帯の植物に囲まれた二階建ての建物が姿をあらわしました。

私の背丈以上にも育ったバナナそっくりの木が「糸芭蕉」。

こんな大きな植物から、どうやって薄くて軽くて美しい布を作るのだろう。

早速、建物の中に入ります。

1階は芭蕉布ができるまでの工程や道具、製品小物などの展示施設、

階段を上がった2階が作業場、幻の布の生産拠点です。

加湿器の音だけがする静謐な空間で

7~8人の村の女性たちが一心に作業に励んでいました。

真ん中に年季の入った織り機が置かれ、湯気を当てて乾燥を防ぎながら、

トトトン、トントン、トトトン、トントン、

軽やかなリズムとともに芭蕉布が織られています。

ガラス戸の向こうの畳のお部屋では

湯呑茶碗を逆さに向けて、織り上がった反物を丁寧丁寧にこする女性。

そのお向かいでは布目を丹念に調べながら、厳密に検尺しています。

そして隣の開け放たれたお部屋の縁側には

小さなおばあさんがひとり、ちょこんと座って仕事をしていました。

糸芭蕉から取り出された糸を一本一本結ぶ、

「うー績み」(うーうみ)と呼ばれる作業です。

ほどけないように強く引きながら結び、結び目はできるだけ短く切る。

この「うー績み」は芭蕉布の出来を左右する重要な工程ですが、

おばあさんの指先からはすいすいと魔法のように糸が結ばれていきます。

・・・ただものではありませぬな・・・このおばあさまは。

ふと、「ん?何か?」と言いたげにおばあさんが顔をあげて、こちらを見る。

「あ、お仕事中、お邪魔をして申し訳ありません、少しだけ見学させて下さい」

あたふたと挨拶する私に、ふっと微笑んで、また無言で作業に戻るおばあさん。

南国の薄曇りの空から淡い冬の陽ざしが斜めに差し込む午後。

静かに黙々と糸と話をするように「うー績み」を続けるその姿は

手仕事の美、そのものでありました。

美しい布は美しい佇まいから生まれる。

喜如嘉の芭蕉布は

糸芭蕉の栽培から刈り取り、

その茎を何層にも剥いで最も柔らかい繊維「うー」を取り出す「うー剥ぎ」、

木灰を入れた灰汁で炊く「うー炊き」、

糸を取り出す「うー引き」、乾燥させる「うー干し」、

うーを毬状に巻く「チング巻き」してから、糸を結ぶ「うー績み」、

その糸を巻いて、撚って、また灰汁で煮て、染色して、織り機にかけて、織って、

また灰汁で洗濯して、干して、湯呑茶碗で布目をこすって整え

反物を両端から引っ張って長さを整え、アイロンかけして・・・

気の遠くなるような工程の最初から最後まで機械は一切使いません。

すべて村の女性たちの「手」が担っているのです。

背丈よりも大きな糸芭蕉を栽培し、刈り取る畑仕事も、ミリ単位の糸紡ぎも

船大工として村を出て働く男たちの留守を守りながら

喜如嘉の女たちが一身に担い、伝統の芭蕉布を守り伝えてきたのです。

太陽に優しく染められたような優しい小麦色の色合い。

波や蜻蛉、花結びなど暮らしのモチーフを織りこんだ素朴な意匠。

風をはらんで蝉の羽根のよりも軽そうな着心地。

それは額に汗して働く女たちだけが着ることを許された暮らしの勲章。

娘の嫁入りには、母が家の文様を織りこんだ芭蕉布を必ず持たせたといいます。

現在、喜如嘉の芭蕉布の生産量は年に170反ほど。

京都や銀座の老舗呉服商が列を連ねて出来上がりの順番を待っていて、

織り上がったそばから引きとられていくそうで、

芭蕉布会館で働いている職員さんも

「私たちも、めったに反物を目にすることはないんですよ」と苦笑していました。

1反のお値段は500万円ほど。

あの工程を目の当たりにすれば、納得の価格であります。

喜如嘉の女たちの労働の証なのですから。

静かで美しい手仕事の重みに圧倒されながら、

一階の展示施設をもう一度、じっくりと眺めます。

一人の優しい笑顔をした女性の写真が。

美しい芭蕉布を消滅の危機から救った平良敏子さんです。

その功績から人間国宝となっ平良敏子さんは

ここでは「先生」と呼ばれて親しみを込めた尊敬を集めている存在。

プロフィールを見ると・・・もうすぐ93歳になるようです・・・

ん?90過ぎの・・・優しい微笑みの・・・おばあさま・・・?

おずおずと職員さんに聞いてみる。

「あの・・・もしかして・・・先ほど2階にいらしたおばあさまは・・・?」

「はい~!先生、ですよ」。

ひょえ~、知らないうちに人間国宝のお仕事を拝見してしまった。

しかもお邪魔してしまった。すみません。

しかし、美しい手元だった。

よどみない手仕事だった。

「先生のうー績みは、誰も真似できないんですよ。

出来上がった反物を見ると、すぐわかります。

先生がうー績みした芭蕉布は結び目がほんとに細かくてキレイなんです」

職員さんがそう教えてくれましたが、

静かな作業場には女性たちの無言の結束力が漂っていました。

誰も真似できない先生の「うー績み」も

きっと喜如嘉の女性たちの誰かが必ず受け継いでいくことでしょう。

沖縄本島北部。

長寿の村大宜味村では今日も世界に誇る美しい布が

トトトン、トントン、トトトン、トントン、織られています。

軽やかなあの音と

優しい微笑みがいつまでも耳と心に残っています。

喜如嘉の芭蕉布。

風をまとう布。

(写真は)

芭蕉布の材料となる「糸芭蕉」。

女たちは背丈よりも大きな糸芭蕉を自ら刈り取る。

その「うー倒し」(うーとーし)に最適な時期はちょうど冬。

刈り取った茎は4層に分かれていて

表から一枚ずつ手作業で剥がすのが「うー剥ぎ」。

反物にするのは3番目の皮「はなぐー(中子)」のみ。

そのほかの皮は帯や座布団にしたり、染色糸として大事に使う。

決して自然から「いいとこどり」だけしない。

優しい風合いの布になるわけだ。