おだしの誘惑
どこからか漂うカレーの匂いをかぐと
大抵の人はやみくもにカレーが食べたくなる。
大鍋いっぱいの山盛りのかつお節の映像を見ていたら、
やみくもにだし巻き卵が食べたくなった。
おだしの誘惑に気持ち良く負けた午後だった。
オリンピック観戦も一段落した土曜日の午後、
HDDに撮りためていたBSドキュメンタリーをのんびり眺めていました。
京都の老舗料亭を舞台に、九代目から十代目へと
ゆるやかに技と心が伝承されていく日々を丹念に追った番組。
春の筍、明石の鯛、愛らしい小芋や小蕪など
京の四季を彩る食材の美しさにも見とれながら、
その伝統が静かに受け継がれていく様子に魅入られました。
60代の九代目は息子である30代の十代目に対し、
教訓めいた言葉をかけることもなく、細かく技を仕込むこともなく、
ただ己の日々の仕事に誠心誠意向き合うだけ。
息子はただその手元、姿、動きを見つめ、自ら消化しようとする。
大勢の料理人が忙しく立ち働き、鍋や包丁が立てる音が賑やかな調理場で
その父子の周りだけが、しんとした対峙の空気に包まれているようでした。
「ただいま、伝承中」
字幕を入るなら、こうなるでしょうか。
ある日、息子は大きな挑戦を父に提案します。
料亭の命である「だし」を変えてみたい。
父がたどりついた上品な「まぐろ節」に
「かつお節」のだしを合わせてみてはどうだろうか。
父は息子の提案を黙って受け入れ、
「まぐろ節」のだし、「かつお節」のだし、そして両方を合わせただしの三つを
九代目、板長、そして若き十代目の3人が味を確かめるのでした。
小さなお猪口に透明のだしを注ぎ、
静かに目をつぶり「利きだし」をする3人の料理人。
それは、まさに、真剣勝負。
「まぐろは、やはり上品やな・・・」
「最後にクセが出るな、かつおは・・・」
「・・・こっちがいちばん・・・美味いか・・・?」
「割合やな、半々がええのかどうか・・・」
命の「だし」に、妥協はない。
一見、穏やかでゆるやかに見える伝承の日々は、
実は毎日が革新と挑戦の日々なのだと思い知った瞬間でもありました。
遠からず10代目が板場を継承した暁にこの調理場でひかれる「だし」は
まぐろか、かつおか、ふたつを合わせただしか。
何年か先の春、京都南禅寺畔に佇むお店で味わってみたいものです。
で、「利きだし」の場面を見ているうちに
やみくもに「だし」の利いた料理が食べたくなってしまった。
夕ご飯にはまだ早い夕刻、ちょっと早い晩酌にしちゃおうっと。
利尻昆布にいつもより贅沢に
京都の料亭ばりにたっぷりのかつお節で濃いだしをとる。
ささっと卵を割りほぐし、沖縄の浅緑のアーサーを加えた「だし巻き」と
「色々きのこと島人参の煮びたし」をちゃちゃっと作る。
おだしの誘惑に負けて良かった。
アルペン競技見ながら「だし巻き」をつまむ土曜日の晩酌。
幸せは、こんな近くにある。
(写真は)
春まだ遠き雪景色でも
浅緑のアーサー入りだしまき卵は春色満載。
春が近づくと、卵料理が不思議と恋しくなる。
黄色い菜花に緑の草木が萌える。
万物が復活する春が近づいています。

