水玉とアメリカ

厳冬の三連休ですが、各地で新成人を祝う式典が行われます。

きょう日曜日は泊村でも式典が開催され、

新成人の皆さんへ1時間ほどのお話をすることになりました。

テーマは「大人へのコミュニケーション」。

これからの社会人生活にひとつでもヒントになるような話ができるよう

30数年前の新成人として、頑張ってきます。

そういえば、

自分は成人の日をどう過ごしていたのだろうか。

そうだった。

晴れ着は着なかったんだ。

「振り袖はいらないから、アメリカに行かせて」と頼んだのだった。

今思えば、なんと親不孝な交換条件だろうか。

英語科の友人たちとアメリカ西海岸旅行を計画、

アルバイトで足りない旅費を成人式の晴れ着代わりに親に出してもらおう。

振り袖なんてそう何度も着ないけど、海外旅行の経験は人生の財産になる。

20歳の自分では理屈に合った思いつきだと自画自賛していたが、

成人式でわざわざ親元に帰るのも何だか気恥ずかしいような

こそばゆいような、そんな青臭い自意識もあったような気がします。

親不孝娘の交換条件を飲んでくれた親のおかげもあって、

その春、30数年前の成田空港から一路サンフランシスコへ向けて

女子大生4人は初めての海外旅行に飛び立ちました。

インターネットで情報がいくらでもとれる今と違って、

頼りにするのはガイドブックと自分たちだけ。

海外慣れした今の女子大生とは大違い、相当ドキドキ、

かなりの覚悟を持って機上の人となったのでした。

太平洋を越えて、いよいよアメリカへ。

降り立ったサンフランシスコの空港で入国審査へ向かいます。

当時の記憶では「アメリカ市民」と「外国人」と二つのゲートに分かれていて、

その二つの流れとは明らかに違う待合室のようなところを通り過ぎたのですが、

ぽつんとぽつんと椅子に座っているのはアジア系の母子連れ。

もう何時間待たされているのか、

疲れた様子の母親のそばで小さな子供が絵本をめくっていました。

当時はベトナム戦争終結から5年経つかどうかでしたが、

帰還兵を頼ってアメリカに来たベトナム女性だったのかもしれません。

「アメリカ市民」でも「外国人」でもない人々の旅の果てのアメリカ。

振り袖の代わりに降り立ったアメリカの空港で

世界の現実を目の当たりにした記憶は今も鮮明に残っています。

歩いてみなければわからない。

ロサンゼルス、サンディエゴ、ラスベガス、メキシコ国境を越えたティファナ、

そしてハワイに寄った2週間ほどの節約女子大生旅。

生まれて初めて見たアーモンドの花、

ハイウェイの途中で買った小さな赤いリンゴ、

主食代わりだったハンバーガー、

ミシュランなど無縁だった女の子たちにとってはどれも三ツ星。

ロサンゼルスのダウンタウンなどは当時治安がかなりよろしくなく、

「夜間の女性の一人歩きは危険」、

ガイドブックの注意書きに忠実に夕ご飯はホテルの部屋で。

昼間の内に買い込んでおいた食パンにハムとチーズをはさんで

オレンジジュースとリンゴでLAディナー。

頼りないほどふかふかの真っ白いパンが妙に美味しくて、

アメリカを実感したものでした。

カラフルな水玉模様の袋に入っていた・・・そう、ワンダーブレッド。

アメリカ人のソウルブレッドといっていい国民的食パン。

オーガニック、無漂白、無添加とは無縁の昔ながらの白いふかふかパンは

1921年からアメリカ国内で売り出されていた歴史的食パンでもあります。

が、調べて見ると、なんと最近になってメーカーが倒産、

一時店頭からあの水玉模様が姿を消していたそうです。

しかし、復活を望む声が多く、別会社がブランドを買い取り、

少しずつワンダーブレッドが店頭に並びつつあるとか。

30数年の間に

私も水玉食パンもさまざまな人生経験を重ねてきたというわけです。

復活したワンダーブレッドですが、

消費者の健康志向は高まる一方、白くないパンを好む人々は多く、

水玉パンの前途も今まで通りとはいかないかもしれません。

ガイドブック1冊を頼りに行きあたりばったりの旅も

情報があふれる今となっては、ある意味、贅沢な旅だったのかも。

知らないことがいっぱいで

歩くたびに知ることがいっぱいで、

進む先に何が待っているのかワクワクする人生の旅。

20歳のキミたちの旅立ちに乾杯です。

さあ、泊村の新成人の輝く笑顔に会ってきます。

(写真は)

ワンダーブレッドには会えなかったけど

世界で一番美味しいパンケーキに再会した沖縄旅。

外人住宅を改装した店内には

現役米兵ファミリーがお昼ごはんを楽しんでいました。

巻き毛の小さなお口に天使のパンケーキがお似合い。

あのサンフランシスコ空港の小さな男の子は

今頃パパになっているだろうか。