恋する器

海と火と土で作られた恋人。

心をとらえて離さないペルシャンブルーの器。

沖縄の焼きもの「やちむん」のお話の続きです。

琉球王国時代に諸外国から陶磁器がもたらされ、焼きものの技術が発展、

17世紀には尚貞王が古窯と呼ばれる湧田焼、喜名焼、知花焼の陶工を

首里城近くに集めたことで壺屋焼が誕生します。

その後明治維新による廃藩置県で琉球王国は沖縄県へ。

窯も官窯から民窯へと変化していきますが、

本土から安価な焼ものが流入、壺屋焼も一時衰退しかけます.。

しかし暮らしの中の「用の美」を見出す民藝運動の先駆者、柳宗悦らによって

沖縄のやちむんは自信を取り戻し、新たな発展を遂げていきます。

72年に沖縄が日本に返還されると、

やちむんは今度は公害問題にさらされます。

市街地で煙を出す登り窯を維持することが難しくなり、

行き場を失った陶工たちを救ったのが読谷村でした。

沖縄初の人間国宝となる金城次郎を招致して整備した元米軍整備地を提供、

これを機に名だたる陶芸家たちが次々に移住、

その昔から伝統工芸が根づいてた読谷村に

「ゆいまーる(相互扶助)精神」に基づく文化共同体が築かれていったのです。

はるか古の琉球王国の時代から激動の時代に耐えながら

幾多の波をくぐりぬけてきたやちむんのカタチ。

情熱的で、いつの時代にも変わらない優しさを湛えた器たち。

いくつもの窯元がそれぞれの個性を放ちながら

つかず離れず「ゆいまーる」の心で窯を構える読谷村やちむんの里。

おおらかな心ですべてを受け入れてきた、

沖縄のカタチが息づいているのです。

そのやちむんの里の奥の奥に静かに佇む大嶺實清さんの工房。

森の一軒家まるごとが開放的なギャラリーになっています。

清潔な木の床には囲炉裏が切ってあり、鉄瓶がしゅんしゅんと湯気を立て、

温かそうな織り物が「さあ、どうぞ」と言わんばかりに敷かれています。

その周りには無造作に、しかしすべてが計算された美しさで器が並んでいました。

金城次郎さんに続く次の人間国宝とも言われるご本人と3人の息子さんの作品。

その形は無駄がなく、モダンでシンプル。

そして思わず手に取りたくなる優しさに溢れています。

白秞、黒秞、そして一目で心を奪われたあの青いペルシャ秞がありました。

どこまでも突き抜けるようなペルシャンブルーの青。

この青さはどこからやってきたのだろうか。

沖縄の空か海か、空と海が溶け合った水平線か。

大嶺工房には静かな情熱が漂っていました。

ギャラリーもしんとして人影もないのですが、

その奥の工房では男たちが黙々と作陶しているだろう気配が伝わってきます。

彼らが格闘するのは地球の土。

それを見守るのは沖縄の太陽と風と緑と鳥の声と、遠くない海の音。

200年前の古陶の欠片をなでたりさすったり口づけてみたり。

受け継がれてきた古い器の記憶に導かれながら、

その魂のすべてを炎にくべて焼きあげられた青い器。

縁あって読谷村の奥の奥で出会った青い恋人は

宅配便のお兄さんに抱きかかえられて

雪の札幌の我が家にお嫁いり(婿入り?)しました。

はるかなるやちむんの記憶を青い肌に宿した平皿と中鉢。

同じ秞を使いながら、より深い群青の海を思わせる瑠璃色の大皿と

その海の波間を泳ぐ白い秞の魚型の小皿。

沖縄の海と火と土が生み出した青い美。

大事に大事に連れ添っていこうと思います。

青い君に首ったけ。

(写真は)

大嶺實清さんのギャラリー。

初めて訪れたのに「ただいま」と言いたくなる居心地の良さ。

土の色と緑のはざまにペルシャンブルーが息づく。

このままここに住みたくなる。

囲炉裏の灰の模様までシンプルモダンで美しかった。