笑顔を食べる
サンセバ。
食いしん坊たちにとっては魅惑の響きを持つ略語。
正式には、サン・セバスチャン。
スペイン北部のバスク地方は国内のミシュランの星の半分が集まる美食の里。
その中心となる街がサンセバスチャン。
街を歩けば美食バル、美食レストランに当ると言われます。
フランス国境に近いバスク地方は独特の文化と言語を持つ地域、
日本のガイドブックにはあまり詳しく紹介されていないことが多いのですが、
最近は情報番組などが「美食の街」として取り上げることがグンと増え、
昨日の「めざましどようび」もサンセバスチャンの三ツ星レストラン
「マルティン・ベラサテギ」を紹介していました。
13歳で実家のレストランの手伝いを始め、25歳でミシュランの一つ星を獲得、
現在は2つのお店で合計7つの星を持つマルティン・ベラサテギは
スペイン料理界のパパのような存在。
繊細で独創的で美しいお料理の数々は世界の食通を魅了しています。
そんな彼にリポーターがある質問をしました。
「お料理をするときに大切にしていることは何ですか?」
その答えにノックアウト。
「このお皿を召し上がるお客様の笑顔を想像して、
厨房では微笑みを絶やしません。いつも笑っています」。
最高のお料理は最高の笑顔から生まれる。
ふといくつかの残念な記憶が蘇ります。
昼下がりのある洋食レストラン、
「だから、お前はダメなんだ!何度言ったらわかるんだ、まったく!」
ランチタイムの最後のお客となった私たちの耳に届いたのは厨房からの叱声。
オーナーシェフが若手をこっぴどく叱っているのでした。
料理の修業は甘くないというのはわかりますが、
客席にまで聞こえる叱責はそれまでのお料理の味を台無しに。
デザートスプーンが一気に重くなり、
せっかくのアイスクリームも砂を噛むような、石を飲みこむような。
何年か後、その洋食レストランは姿を消しました。
別のレストランでも、オープンキッチンの向こうから響く、
手際の悪い若手を怒鳴るシェフの声に驚いたことがあります。
また、あるラーメン屋さんでの出来事。
出前から帰ってきたおじいさんと言っていいほど年老いた店員さんに
オーナー夫妻が「まったく、とろいんだよ、何してんだよ!」と
お客が食べているカウンター越しに罵声を浴びせたことがありました。
最悪のごちそうさま・・・。
ふたつのお店は今もありますが、二度と足が向くことはないでしょう。
お客さんは幸せなひとときまるごとを味わいたくて
お店まで足を運ぶのです。
時には遠い異国のそのまた山間の小さな街のレストランまで。
どの世界も裏側では汗と涙にまみれた厳しい修行があります。
でもそれはあくまでこちらの都合。
お金と時間を払って下さるお客さんには悟られてはならないし、
お見せすべきものではないでしょう。
「見てほしいところを明快にするために、
見なくてもいいところで引っかからないように曇りをとる」
その画力で注目の気鋭の画家、山口晃さんが
新聞のインタビューでこんなことを言っていました。
プロの技術、気構えというものは、
味わってほしい本質を邪魔させたいために存在する。
食べる人の幸福を阻害するものは、極力避けるのも作り手の気概。
厨房に微笑みを。
それはプロの厳しさの裏返しなのだ。
料理は人なり。
口角の上がった笑顔は、
美味しい。
(写真は)
頬張れば笑顔になる確率100%の「煮つけ定食」。
那覇の花笠食堂にて。
白い長靴のおばちゃんもレジのおばあちゃんも
小窓の向こうの厨房でこまねずみのように立ち働くおばちゃんたちも
無茶苦茶忙しいのに、みんな笑顔だった。
笑顔代をチップして払いたくなる(笑)
また通いたくなる。

