お菓子のそば
お菓子のそばには笑顔がある。
そばのそばにはお菓子があった。
知りませんでした。
かつてはお菓子屋さんがそばを打っていた時代がありました。
北海道の人気雑誌「HO」の最新号「B級グルメの大逆襲」。
毎回売り切れが続出すB級グルメ特集ですが、
室蘭の一軒のお菓子屋さんが個性派のお店として取り上げられていました。
ん?外観がちょっと違う。
ショーケースに和菓子が並ぶガラスのお隣に・・・
紺色に白抜きの「そば」の文字も鮮やかな暖簾が下がっている。
そう、このお店は北海道では珍しい和菓子とそばを食べさせてくれる店。
ご店主が修行を積んだ東京巣鴨のとげぬき地蔵界隈では
こうしたスタイルのお店はよく出会えるらしい。
江戸時代初期にはお菓子屋がそばを打っていたそうで、
粉を練る、蒸す、切るは、そういえばお菓子屋さんの得意技。
もりそばを盛り付ける蒸籠はその名残らしい。
当時はそば粉を練り、そば切りをして蒸したものを酒のつまみとして供され、
その後、江戸中期にお菓子屋とそば屋に分かれていったそうです。
かつて、そばのそばにはお菓子があった。
故郷室蘭にそんな江戸の名残りを味わえるお店がありました。
そばも和菓子も大好きな江戸っ子にとっては
好物を一度に制覇できるたまらない人気コラボだったことでしょう。
ざるそばをつつっと手繰り込み、
とげぬき地蔵界隈の味そのままの赤えんどうの豆大福にかぶりつく。
江戸の幸福を故郷室蘭で味わえるなんて何て素敵。
そば粉はお菓子の材料としても重宝されてきました。
そばがきにそば饅頭、そばボーロ。
フランスのブルターニュではそば粉のクレープが名物です。
「パテシィエ界のピカソ」と評されるかのピエール・エルメも
今、そば粉をはじめとする「粉」に注目しているとか。
お菓子屋さんとそば屋さん。
どちらも粉を操るプロフェッショナル。
そのうち、ピエールエルメがそば屋を出しても理論的にはおかしくない(笑)
そういえば甘いお饅頭が現れたのもそう遠い昔ではありません。
茶道が確立した千利休の時代、その少し前までは砂糖は高価な輸入品。
初期の茶会のお菓子は栗や柿などの木の実や果物、
饅頭にしても貴重品の砂糖は直接入れずに、
その下に少しだけ敷いて出されました。
「敷き砂糖」といわれるもの。
その後江戸幕府成立によって社会が安定、砂糖の輸入量も増え、
享保年間には国内でもサトウキビ栽培が奨励されるなど、
日本にも「甘い時代」が本格的に到来し、
庶民も甘いお菓子を口にすることができるようになったのです。
たとえば素朴なそば饅頭。
ぷんと香るほのかなそばの香りと小豆餡の甘さは
江戸の泰平がもたらした歴史でもありました。
かつて、そばのそばにはお菓子があった。
誰でも気軽に二つの幸せを味わえる。
平和は、ありがたい。
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(写真は)
那覇の市場のお菓子屋さんの店先には
サトウキビの恩恵が花開く。
名物サーターアンダギーにも健康ブームの波が。
油で揚げない「焼きサーターアンダギー」登場。
へルシーでジョートーさぁ♪
でも食べ過ぎたら一緒さぁ(笑)



