ずっと好き

アンパンマンの生みの親、

やなせたかしさんが亡くなりました。

94歳。亡くなる直前まで病床で新作映画の構想を語っていたそうです。

「ああ、アンパンマン、やさしい君は、いけ

みんなの夢、まもるため」

本当にアンパンマンそのままの人生をまっとうされました。

アンパンマンが世に生まれて今年で40年。

アニメ放送開始から25年の節目の年でした。

アンパンマンと一緒に育った子供たちの多くが

今や社会の働き手の中心世代となっています。

震災直後のラジオから繰り返し流された「アンパンマンのマーチ」。

「子供たちが喜ぶ歌をかけて」とのリクエストがきっかけでしたが、

あの時、子供たちばかりでなく、

多くの大人が心の底から、あの歌に揺さぶられました。

誰にとっても、アンパンマンは、ずっと、友だちだったのです。

フレーベル館の小さなアンパンマンの絵本。

幼い息子が指をさし、「アンパンマン!」と、まわらぬ口で、

でもはっきり叫んだ瞬間を覚えています。

「そうだね~アンパンマンだね~、アンパンマンは、優しいね~」

自然に微笑み、語りかけた時、

「ああ、母親になれた・・・」そう実感したことを、覚えています。

いい母親にならなくては。

どこか仕事と同じように肩肘張っていた自分。

母親というものは慈愛にあふれ、忍耐強く、いつも微笑んでいて・・・。

頭でっかちな母親像と自分との間に、妙な隙間を感じながら、

慣れない育児をこれまた一生懸命こなす日々。

そんな不安定な心が、息子の「アンパンマン!」の一言で、ふっと楽になった。

子供とただ一緒に笑えばいいんだよ。

そう、アンパンマンが教えてくれた。

アンパンマンは、面倒くさいことも説教臭いことも、言わない。

ただ、困っている人がいれば飛んでいき、

お腹をすかせた人がいれば、自分のほっぺをちぎって食べさせる。

そこには頭でっかちの理想論なんかない。

弱き人を助ける。

正義を貫こうと思ったら、まず自分が傷つくこともいとわない。

ただ行動があるだけだ。

アンパンマンこそ、ノーベル平和賞ものだ。

やなせたかしさんは棺の中で

アンパンマンなど自らが生み出したキャラクターのぬいぐるみに囲まれて

静かに見送られたそうです。

優しい魂がアンパンマンたちと一緒に天国に旅立ちました。

生みの親を送り届けて、すぐまた、彼らは、この世に戻ってきます。

「やなせ先生に会えなくなるのは、悲しい」。

震災の夜を過ごした車の中でアンパンマンマーチを聞いたという仙台の子供が

うつむきながらそう答えたと今朝の新聞に載っていました。

でも、彼は、こうも言ってます。

「アンパンマンは、ずっと好き」。

そうだ。

いまだできそこないの母親の自分も、

アンパンマンは、ずっと好き。

優しく笑えることを思い出させてくれる、永遠のともだちだ。

これからも、よろしく。

(写真は)

子供のために書かれた絵本、作られた玩具。

じっと見つめていると、

心がゆるゆるほどけていく。

昔、子供だった大人のためにあるのかもしれない。

琉球張り子の人形のとぼけた表情で

今日一日の元気を充電する。