昨日の秋

いつもよりゆっくりのんびり読める日曜日の朝刊。

書評なども丹念に目を通していると、

「ああ、わかるわかる」、

ぽんと膝を打ちたくなる文章に出会いました。

「もし、映像化されたら、と配役を考えつつ読み返すのが楽しみな小説は

めったにお目にかかれるものではない」。

直木賞受賞第一作となる桜木紫乃「無垢の領域」の書評を

作家の南木佳士さんがこう結んでいました。

わかります、わかります。

私も面白い小説に遭遇すると、配役を考えながら読み進める癖があります。

「この人物は○○・・・う~ん、ちょっと線が細いかなぁ、△△あたりか?」

なんて、キャスティングプロデューサーきどりで配役を考えながら読める小説は

絶対にはずさない。人に勧められる。

活字の上ですでに3D化できる立体感、存在感を持っているということ。

つまらないわけがありません。

読書の秋、この本もさっそくリストアップであります。

でも配役を考えた時にどうにも役者さんが思い当たらないこともあります。

小説でなく、たまたまNHKのアーカイブ企画で観た「今朝の秋」という作品。

1987年に放送された山田太一作の名作ドラマで

末期ガンに侵された50代の息子と蓼科の山荘にこもる80代の父、

20年前に男と家を出て行き別れたその妻を軸に、

生死、家族、老いを描いた秀作。

老いた父は笠智衆、母が杉浦春子、息子は杉浦直樹と今は亡き名優ばかりです。

もし、今、この作品をリメイクしようとしたら、

たとえば笠智衆の役を誰が演じられるだろうか。

力のある役者さんは大勢いるはずですが、浮かばないのです。

一張羅の白い夏背広を着こんだくたびれ加減。

こうもり傘を杖代わりに歩く後ろ姿。

東京の病院から蓼科の家へ息子を連れ出し、

縁側で夏の終わりの庭を死に行く息子と黙って眺める横顔。

台詞といえば「ほぉ~」「ほぉ~か」くらいしか言っていないのに、

台詞の100倍の感情が観る者に伝わってくる。

独特の「間」が観る者を感情の海に静かに放り込む。

この笠智衆の存在感を出せる役者さん・・・

う~ん、浮かばないから、

やっぱりキャスティングプロデューサーにはなれない(笑)

読書の秋。

映像化されたら、この役は誰が?

そんなキャスティングプロデューサー的読み方も一興です。

もしも配役通りに映像化されたら、もっと面白い。

(写真は)

「今朝の秋」とは立秋をあらわす季語。

夏の名残りから空気が一変、秋の気配を感じた朝をさす言葉。

死を目前にした50代の息子と80代の老いた父。

自分よりも先に、人生の「今朝の秋」に旅立つ息子を見送り、

さらに長い長い枯葉の季節をひとり生きていく。

それでも人は生きていく。

乾いた竹のような折れそうで折れない背骨を持つ老人。

う~ん・・・リリー・フランキーが枯れて年を重ねたら、笠智衆に近くないか?

しつこく配役を考えるそばで

ベランダのガーベラは立秋とっくに過ぎたのに、小さなつぼみが育っていた。

きれいな「昨日の秋」の風景だ。