ヒーローがいた
夏祭りの季節です。
東北の夏を彩る「秋田竿燈まつり」の美しい写真が
今朝の朝刊に載っていました。
みちのくを金色に染める提灯の数は266本と過去最多だそうです。
祭りは過去から未来へ引き継がれるリレー、
年々、賑やかになる祭りもあれば、
静かにひっそりと姿を消す祭りもあります。
京都府の京丹後市にある網野神社に伝わる勇壮な火祭りもそのひとつでした。
稲わらを束ねた大きな松明を振り回すダイナミックな火祭りは
昭和40年を境に途絶えていたそうです。
後継者不足などさまざまな事情があったのでしょう。
しかし、数年前に赴任した若き宮司さんが失われた祭りを復活させたのです。
NHKのニュースで偶然見たその復活火祭りの映像にしばし釘づけ。
暗闇の中で燃える松明を振り回す地元の男性たちの姿は
ほれぼれするほどカッコいい。
復活のキーマンとなった宮司さんもまた、カッコいい。
元ロックミュージシャンという異色の経歴、
人々のお役に立つ、幸せの手伝いをするという意味では
ミュージシャンも宮司も変わらない、
「ギターが勺(しゃく)に変わっただけ」と笑う。
ファンキーなスピリットに行動力が加われば、不可能はない。
伝統の火祭り復活に向けて走り出しますが、資料も乏しく、
松明は「マンドリ」と呼ばれると記された文献がわずかに残るだけ。
実際に火祭りを体験した人も今はなく、
子供の頃のかすかな記憶をとどめる人々から手がかりを聞きとっていきます。
「とにかく、暗闇の火が怖かった」
「松明との距離は、ものすごく近かった」
「大人の男が腕を伸ばして振り回していた」
そうした記憶を頼りに、「マンドリ」のサイズ、形状を推理し、
境内の状況から、見学者と「マンドリ」の距離を測り、
農家の協力で稲わらを調達、平成版「マンドリ」を作り、
降りまわし方を綿密にリハーサル、
そして先日、失われていた網野神社の火祭りが見事復活したというわけです。
大地に足を踏ん張って、腰を低く落として、
重い、大きな、燃え盛るマンドリを振りまわす男たち。
闇夜に真っ赤な炎が火の粉をまき散らしながら、勇壮な楕円軌道を描きます。
ぽかんと口を開けて見入る地元の子供たち。
母親の洋服をしっかりとつかんで、こわごわ覗く小さな子。
「火遊びはあかんよ、火は大切で、怖いんよ」
火祭りには子供たちに火の用心を身を持って教える意味もあったそうです。
中学生にもマンドリが渡され、細い腕がよろよろと頼りない軌道を描きながら
復活火祭りの夜は更けて行きました。
「ぶんぶん振り回す大人がカッコ良かった」。
中学生が祭りの後のインタビューで答えていた言葉が
祭りの本質を言い当てていました。
町や村や地域で受け継がれてきた伝統の祭りの使命とは
過去から未来への「カッコ良さ」の伝承なのではないでしょうか。
ボクも大きくなったら、あんな風にマンドリをカッコ良く振り回したい、
あんな風に神輿を担ぎたい、山車に乗りたい、提灯を持ちたい、
「あんな大人にボクはなりたい」と
子供たちが憧れるリアルなヒーロー像を見せること。
これこそが祭りの重要なミッションかもしれません。
いつもはフツーの近所のおっちゃん、ちょっと冴えないにいちゃんが
祭りの夜は、何だか違う。
きりりと締めた鉢巻、いなせな法被、粋な下帯姿がまぶしくて、
ずっしり重い神輿やマンドリを苦もなく担ぎ、振り回す。
大人って、カッケー。
早く、大人になりたい。
大人になるのが、何だか楽しみになってきた。
子供たちに明日への希望をプレゼントするために、
この夏も、日本全国で、祭りの夜が燃えるのだ。
夏祭りの夜。
ボクのヒーローがいた。
(写真は)
那覇の民謡酒場にて。
カウンターで暇そうに瓶ビールを手酌していたおじちゃんと
愛想良くソーミンチャンプルーを運んできたおばちゃんが、
ショータイム、いきなり、人格が変わった(笑)
おじちゃんは三線の名手で、
おばちゃんは高音域が神がかりの唄者だった。
おそるべし。沖縄。
あちこちにヒーロー、ヒロインがいる。

