コーヒーとドーナツ
朝は一杯のコーヒーとドーナツ。
アメリカンなモーニングメニューですが、
そのコーヒー、どうやって淹れていますか?
まさか、ザルとか生クリームの絞り袋では淹れてませんよね?
それが、実際にそうやって淹れている若者がいた。
今朝の「めざましテレビ」の「ここ調!」コーナー、イマどきの若者たちは
「ドリップでコーヒーを淹れられるか?」そして
「ドーナツ盤のレコードをプレーヤーで聴けるか?」を調査。
アナログのコーヒーとドーナツ(盤)、見たこともない若者たちの反応は・・・?
いやいや、ある意味、独創的。
インスタントコーヒーを入れたパーパーフィルターをそのままカップに、
で、ダイレクトにお湯を注ぐ・・・カップの中でペーパーは茶色く溺死。
ある女子はなぜか生クリームの絞り袋をチョイス、
その中に挽いていないコーヒー豆をざらざら投入、
これまた直接、そこにお湯を注ぐ・・・
「あれ〜?何で〜?コーヒー色にならない〜」
ならないよね〜。そりゃ。
でも、コーヒーといえば、
生まれた時からコーヒーメイカーで淹れるのが当たり前の世代。
外で飲むコーヒーも、スタバで注文するか、カフェで頼むか、コンビニか。
マイカップが並んだカウンターで赤いチェックのベストに髭を生やしたマスターが
ネルドリップで丁寧に丁寧に細く細くお湯を注ぎながらコーヒーを淹れる、
そんな昭和的喫茶店の風景は、彼らの日常ではなかったわけで。
ドリップ式なんて見たこともないんだもの、
クリームの絞り袋やザル、選んじゃってもしょうがない。
その昭和の時代。
我が家の「コーヒーはじめて物語」の風景も実は似たようなものでした。
家で飲むコーヒーといえば
ネスカフェ、インスタントオンリーだった昭和40年代。
父がどこからか「本物のコーヒー」をもらってきました。
「範子、いいか、これが、本物のコーヒーだ、インスタントとは違うんだぞ」
得意げに見せてくれた、茶色の荒い粉。挽いてあるコーヒー豆だった。
「ねえ?どうやって、これがコーヒーになるの?」
家族全員がその茶色の粉を見つめながら、戸惑った。
インスタントのようにお湯には溶けそうもにない。
いったい、どうやって、この荒い粉から琥珀色の液体を抽出するんだ?
その時、母がかたわらの茶箪笥を見上げ、自信をもって言い放った。
「そうだわ、急須で淹れればいいんだわ」(ここはあくまで北海道アクセントで)
え?急須・・・?それって、無理あるんじゃ・・・?
幼心に一抹の不安を感じたが、根拠のない母の自信を前に、飲み込んだ(笑)
一番大きな急須をちゃぶ台の真ん中に設置、
父が厳かにザラザラ・・・わかったかのように挽いたコーヒー豆を急須に淹れる。
鉄瓶のお湯を上から神妙に注ぐ母。
固唾を飲んで見つめる姉と私。
急須にふたをして待つこと30秒ほど。
人数分の湯飲み茶わんに均等に液体が注がれる。
湯気は立っているが、香りは立たない・・・
色はわずかについているが、琥珀色には程遠い、悲しい薄茶色。
急須で淹れたドリップ式コーヒー・・・
遠く遠くで、かすかにコーヒーを感じるような感じないような・・・お湯。
「これが、本物のコーヒー・・・?」
その時の父と母がどんな顔、どんな表情をしていたのかは、
なぜだか思い出せない。
子供心に、そういうときの大人を、
責めたり、揶揄したりしちゃいけないような、そんなこと感じていたのだろうか。
ただ、薄い薄い切ないお湯の味だけは、くっきり覚えている。
こんな情景を磯野家として描けばほのぼのとした漫画になるし、
向田邦子の筆にかかれば極上のエッセイになるのかもしれません。
野宮ブログはこれが精一杯です(笑)
でも、知らないこと、未知のことに、たじろがず、
今の自分の持てる知識と発想で、とりあえず、挑戦してみる。
結果、間違っていても、滑稽でも、いいんじゃないか。
知らないことは恥ずかしいことじゃない。
これから「知る」ことができる素晴らしいチャンスだ。
知らないことから逃げたり、隠したり、誤魔化したりするより、よっぽど上等だ。
急須のコーヒーがそう教えてくれました。
だから、
生クリームの絞り袋でコーヒー淹れても、
ドーナツ盤を分解したターンテーブルの間にはさんでも
(CDトレーのイメージだったろうと推察される)
そんなイマどきの若者たちの発想は素敵だと思います。
「はあ?知らねーし」で済ませないチャレンジ精神は
昭和の急須コーヒーからちゃんと引き継がれています(笑)
(写真は)
コーヒーのおともに。「くがにちんすこう」。
「くがに」とは「黄金」など大切なものが輝いていることを表す沖縄の言葉。
国産の原料のみで電熱式ではなく火炎式炉で手造りで焼かれた
プレミアムちんすこう。
琉球王朝時代のままの丸型もゆかしい。
沖縄の若手アーティストによる紅型ラッピングも素敵です。
わしたショップでも見かけましたよ♪

