アップルパイを買って帰ろう

昨日の午後。

札幌の地下鉄大通駅の階段を

先を急いでちょっと早足で降りようとしていた時のことです。

3,4段先にお母さんと2歳ぐらいの男の子の姿がありました。

男の子は小さな足を一生懸命踏ん張って

身の丈の3分の1はありそうな階段を

一段一段、おぼつかない足取りで降りようとしています。

お母さんは1段下から、その小さな手をしっかりと握って、

いち、に・・・いち、に・・・

穏やかな声で号令をかけながら、ゆっくりゆっくり、

彼の小さな挑戦を見守ってしました。

育てるって

待つってことなんだ。

親子の姿を見ながら

ほろ苦い場面が甦りました。

息子が幼かった頃。

2歳過ぎの「イヤイヤ期」まっ盛り。

同じように大通駅の階段を手をつないで降りようとしていました。

その当時、

日々言うことを聞かない息子に手を焼き、

仕事のように大人ペースで進まない子育てにストレスを少しずつ貯めて、

そんな自分にも苛立っていて、

多分、その日も、

「いやだ、いやだ、降りる!降りる!」的な感じで

彼は私の手を振り切って歩こうとしていたのでしょう。

「もう、急いでいるのに!

うちに帰ったら、あれもこれもしなくちゃならないのに!

自分ひとりで降りれないくせに、

どうして、

どうして、

言うこと聞いてくれないの!」

感情の導火線が異常に短くなっていた私は

「もう!勝手に歩きなさい!」と

彼を突き放すかのように、小さなを手を振り切ったのです。

ふぇ~ん!と泣きだす息子。

ちょうどその時、

反対側から階段を上がってきた初老の女性が

その場面を見て、すれ違いざまに一言。

「まあ、かわいそうに」

息子と一緒に泣き出したくなった。

「かわいそうなのは、私だ」

あなたに何がわかる。

危なくないんだから。

かわいそうじゃないんだから。

手を振り切る時だって、

子供の絶対の安全を確認してから、振り切ってるんだから。

お母さんと手をつながないと危ないよって

教えているんだから。

私は・・・

私は・・・

もう、いっぱいいっぱいなんだから・・・

そう、心の中で叫んでいた。

いちに、いちに。

昨日のお母さんの声で甦ったほろ苦い思い出。

地下鉄の階段でふぇ~んとべそをかいた小さな息子は大学生。

今やプロテインでさらに筋肉増量をもくろむラガーマンだ。

階段など2段跳びで駆け抜けるだろう。

泣いた思い出なんて彼の記憶にもないだろう。

でも母は思う。

もし、かつての私のような母親に遭遇したら、

「かわいそうに」とは絶対に言わない。

いっぱいいっぱいのお母さんたちは

精一杯の子育てを憐れんでほしくなんかない。

ただ、「よくやってるね、元気に育ってるね、ちょっと一呼吸して、自分を許してあげようね」

言葉じゃなくていい。

親子ごと、見守ってくれるまなざしが、ひとつでもあれば、救われる。

いちに、いちに。

時間にしたら10秒もかからなかったのに。

その10秒が待てなかった子育ての、ほろ苦い思い出。

古いアルバムと一緒に大事に抱きしめていこう。

(写真は)

那覇のハッピー洋菓子店のアップルパイ。

昔から愛されてきたまさに「おかあさんの味」。

アメリカにさえ残っていないかもしれないオールドファッションスタイルのパイだ。

「Jimmy’s」「ハッピー洋菓子店」

アメリカ世の沖縄が生んだ、沖縄の母の味。

「Jimmy’s」のパイ誕生秘話も登場する、駒沢敏器著「アメリカのパイを買って帰ろう」は名著。

著者は昨年、51歳で亡くなった。

もっと彼の本を読みたかった。

いちに、いちに、一生懸命あんよしたら、

アップルパイを買って、おうちに帰ろう。