の・ようなものの旨さ

「違う、これはハンバーグじゃない、

ハンバーグはパン粉なんてついてない、

ハンバーグは揚げてない、

これ、ハンバーグじゃない!」

東銀座の洋食屋さん「つばめグリル」のハンバーグ、

もとい、ハンブルグステーキのことを書いていて、ふと甦った場面。

「これはハンバーグじゃない」と連呼してたのは6年生か中学に上がったくらいの姉。

当然、私は3年生くらいのおかっぱ頭の頃です。

時代は思いっきり昭和。3丁目の夕日よりは少し新しい程度。

当時、我が家に最新トレンド情報をもたらすのはもっぱら姉でした。

友達や雑誌、今ほど食レポが盛んではなかったがテレビもネタ元だったのでしょう。

「グラタンとは、マカロニとエビと白いクリームで、こう作るらしい」とか

「コーラには輪切りのレモンを浮かべるものだ」とか、

新しいお洒落な情報をどこかから仕入れてきて、母と私は、ほ~っと感心しながら聞いていました。

当時は景気が良かった地方都市室蘭のごく庶民の茶の間で、

姉がその輪切りのレモン入りコーラを飲んでいたら

遊びに来た年下のいとこの男の子がこう言った。

「ね~ちゃん、何でコーラに沢庵、入れてんだ?」

最先端のトレンドとリアルな日常とは、時に激しいずれを生じるものです。

冒頭のハンバーグもそんなリアル日常とのずれのひとつ。

姉は口頭で「ハンバーグとはひき肉と玉ねぎを合わせて、お団子にして・・・」と

入手した情報を母に伝え、

母は母で見たこともない「ハンバーグ」なるものを想像しながらこさえたのでしょう。

ただ仕上げの段階で「フライパンで焼く」という発想よりも

柔らかい肉団子を「パン粉をつけて揚げる」という発想が優先したのでした。

トンカツは昭和の食卓の定番でしたから。

「今晩は、いよいよハンバーグだ!」と濃茶色に焼かれた姿を想像して、食卓についたら

キツネ色のパン粉に包まれた物体が・・・。

「これは・・・ハンバーグじゃない!」(これはメンチカツだ)

落胆する姉の悲痛ささえ帯びた声色、今も覚えています。

不思議なことに

一生懸命こさえた「メンチカツ的ハンバーグ」を全面否定された瞬間、

母がどんな表情をしていたのか、

さっぱり思い出せないのです。

でも

あの時のパン粉がつんつん突き出た勢いのよい小ぶりな「ハンバーグの・ようなもの」は

じゅわっとお肉と玉ねぎの味が口の中に広がって

ものすごく美味しかったことだけはくっきりと舌の記憶に刻まれています。

スペアリブロースト、タンドリーチキン、ナシゴレンにサテ・・・

今はネットと料理本のおかげで、世界中の料理をうちの狭いキッチンでも簡単に作れます。

でも伝聞と想像力だけでこしらえたお料理の味は想定外の旨さがありました。

森田芳光監督の映画に「の・ようなもの」という作品がありましたが、

私たち日本人の舌はこうした「の・ようなもの」で形成されてきたのかもしれません。

あの日が

我が家のハンバーグ記念日でした。

(写真は)

今、世界で一番美味しいと思う(笑)

沖縄読谷村の外人住宅を改装したカフェ「ヤッケブース」のパンケーキ。

どこのテーブルからも、一口入れた瞬間

「うわっ♪ もち♪ ふわ♪ 何これ~♪」同じ言葉が聞こえてくる。

天国の食感のパンケーキ。材料の配合はどうなっているのだろうか。

「の・ようなもの」は真似できそうもない、脱帽のパンケーキだ。